

DJと漫画に共通する「タイムキープ」
無理やり漫画とDJをつなげるわけじゃないんですけど、井上さんの漫画はセリフが少なくて、画で伝える作風だとよく言われますよね。それと同じように、歌詞とか曲名とかが書いてなくても、音楽が聞こえてくるような雰囲気があると思うんですけど、漫画の作中で曲をかけているような意識ってあるんですか?
漫画って紙の上で映画がつくれちゃうんです。役者もキャスティングするし、衣装もスタイリストもやるし、小道具も、ライティングももちろん効果音とかBGMも自分でやる。ただし、紙の上で展開されている物語ですから読む人によってタイム感が違う。コマ割りとか物理的なスペースの配分は確実にあるんですけど、それ以外にも時間の流れはある。
ずっと一定の速度で読むわけじゃないですもんね。
スピード感が必要なシーン、ゆっくり読ませたいシーン、余韻が必要なシーンとか、読者がページをめくるスピードを考えながら描いている意識があります。
タイムキープっていうか、自分が持っているグルーブを時間の流れで表現するのはDJと似ているのかもしれない。そこが優秀なのは漫画家とDJの共通点なのかもしれませんね。
面白いですね。タイムキープの感覚が似ていると
パブリックエネミーのチャックDは学生時代にグラフィックデザインを学んだ人で、もともと漫画家を目指していたって話があるんです。表現方法は漫画ではないんだけど、自分たちの曲は「黒人の新聞なんだ」って言っているんですよね。ストリートで起きてる出来事をラップに乗っけて伝えているだけなんだと。
DJというより、HIP HOPカルチャーの話になるんですけど、HIP HOPってやっぱり自分の生活のことを表現する方法なんですよね。僕なら朝起きて世田谷線に乗って三茶に昆布茶を買いにいったとかね。そういうことだと思うんですよ。
いちばんHIP HOPじゃないのは、例えばコンプトンに行ったことも住んだこともないのにコンプトのギャングの真似をすること。LAのギャングサインを真似したりギャングのバンダナを被ってみたり。憧れはあると思うし、真似から入るんだけども、自分が世に出す時には、やっぱり自分のライフスタイルを出さないとただのカルチャーの盗用になってしまう危険性がある。自分自身がHIP HOPっていうか、それこそ「I am DJ」「 I am HIP HOP」っていう感じで、自分をレペゼンするってことが大切ですよね。
DJはタイムマシンでもある

井上さんにとってDJとは何かというのがそこにありそうですね。
DJはタイムマシンみたいなもんだと思うんです。今は調べれば何でも出てくるしサブスクですぐに曲も聴けちゃう。例えばニュージャックスウィングってなんだ? と興味を持てば、30分も調べればかなり深いところまでいけて、You TubeとかSpotifyで曲を探せば次から次に押さえておくべき名曲みたいなのがレコメンドされる。でも30分で詳しくなった人と、30年かけて詳しくなった人が一緒かっていうと、一緒だとちょっと残念ですよね。
今、僕は57歳なんですよ。つまり音楽の貯金が若い人よりは少したくさんある。ネットやAIでは出てこないことも知っている。
グラウンド・ビートのプレイリストをつくるときに、ジャム&ルイスがプロデュースしたサウンズ・オブ・ブラックネスとかね。
マーキー・マーク&ザ・ファンキー・バンチっていうグループをやっていたマーク・ウォールバーグってミュージシャンであり俳優でもある人がいてね。そのお兄ちゃんがアイドルグループのニューキッズ・オン・ザ・ブロックにいたドニー・ウォールバーグで、ニューキッズ解散後にマーキー・マーク&ザ・ファンキー・バンチのプロデュースをした。その時に、ハウスを早く回してHIP HOPなんだけど四つ打ちの要素やハウスらしさを入れた曲をつくっているわけ。この曲とハウスとHIP HOP混ぜたような曲でハウスっぽさを出すために女性ボーカルが入ってくるC+C MUSIC FACTORYの曲をつなげたらと考えただけでもう楽しくなっちゃう。マーキー・マーク&ザ・ファンキー・バンチとかC+C MUSIC FACTORYとかを掘っている人は今はあまりいないけど、それを集めてバーンと出すときは、反応があるとかないとかじゃなくて、タイムマシンに乗って自分の音楽の体験をさかのぼっている気持ちになれるんです。
もちろん、若い子たちにも「どうだ!」という気持ちで出しているんだけど、何も知らないでただ曲に乗って踊ってくれてもいい。ただこの選曲にめちゃくちゃシンクロして、音楽の広大な海の中に曲を投げ入れていって、グラウンド・ビートヤバいってなってくれる人が一人でもいたら最高ですよね。
好きなことをやって常にスパークしていたい
それが井上さんがDJをやっている意味というかアイデンティティのようなものなんですね。
好きっていうか楽しいことをしながら死んでいきたいなと思ってるんですよね。どうせ死ぬんだから、死ぬ時に「やりたいこと全部やったな」って死んで行きたい。全部スパークして死んでいきたいなって思ってるんです。
それは漫画家としても同じで、36年間漫画家やってきたんですけど、若い頃は「サブカルスター」みたいな扱いに「サブカルで終わりたくない」なんてかわいくないこと言っていたんですよ。一番かっこ悪い話で、「なんかちょっと違うんだよなー」ってずっと言っていたんですけど、人生って長くてどんなに自分が面白いと思うものを描いていても、人気だけはコントロールできないんです。目から血が出るほどフォーカスして描いて、それで人生の中で何回か手応えがあったんだけど、それを再現するのは難しい。
ホームランを打ったことはあるんだけど、トレーニングして筋肉つけても向かってくるボールは“世間”で、同じ実力で同じ振り方をしても世間と自分のフルスイングがピッタリ一致したときだけホームランが打てるんです。
だから死ぬまでホームランを狙い続けるし、どんなに難しくても今でも打てると信じているんです。
渡米、帰国後に気づいた“幸せ”

2017年の渡米、現在連載中の『惨家(ザンゲ)』など常に新しいチャレンジもされていますよね。
アメリカに行ってからはなかなか思い通りに行かない5年間でした。映画をつくりたいという野望があって、そのためにはアメリカでチャンスを待つという手段があるよとアメリカの有名なコミックショップの店主が教えてくれて、グリーンカードを取って、死ぬまでアメリカに住むぞと家族も説得してと渡米したんですけど、結果的には思っていたようにはいきませんでした。ただ、行かなかったら死ぬときに「アメリカに行っていれば」と後悔しただろうし、ずっと「行きたい」って言い続けていたと思うので、渡米自体は後悔していません。
行ってみたら別にアメリカに住まなくても映画をつくるチャンスはあるとわかった。
家族でLAから戻って、僕の誕生日に焼き肉に行ったんですよ。そのときにこれってすごく幸せだなと思って。やっぱり幸せになるために生きているので、日常の小さな幸せもHIP HOPだし、例えば下北沢のちっちゃいところを借りて、音楽好きが集まって、友達呼んで、お酒飲みながらDJイベントとかやっているのも幸せじゃないかと思うんですよね。下手くそでもいいんで
幸せを追求するDJ
プロじゃなくても、他の人とやり方が違っても、幸せになるためにみんなDJをやろう! と。
そうそう。BOUNCEでDJをしていると、イマドキだからスマホで写真を撮る人もいるわけです。DJってモテるのかと思ったらおじさんはそんなことはないらしく、モテはしないんだけど、DJしてるときに写真撮ってくれて、インスタでタグ付けしてくれて、ストーリーで感想を言ってくれたりしたらそれはもうすごく幸せなんですよね。
自分がDJをしていて幸せを感じられるからDJをやる世界があってもいい。「みんなにこんなの聞かせるぞ」って曲を選んで、つないで、美味しいお酒飲んで、終わったらバカ話をしてっていう幸せ。プロとかアマとかじゃなくてそういう幸せのためだけにプレイする「DJ」の形があってもいいんです。
(Interview and text by Kazuki Otsuka)
井上三太
代表作「TOKYO TRIBE」シリーズなどで東京のHIP HOP、ストリートカルチャーと、日本が世界に誇る漫画をクロスオーバーさせた先駆者として知られる“King of Street Comic”。
フランス・パリで幼少期を過ごし、多様な文化に触れて育つ。1989年、『まぁだぁ』でヤングサンデー新人賞を受賞し漫画家デビュー。ファッションブランド「SANTASTIC! WEAR」のデザイナーとしても活躍する傍ら、音楽への造詣の深さからDJとしての活動も開始。各種イベントでDJプレイを行ってきたが、現在は渋谷の『Music Bar Bounce』にレギュラー出演している。最新作『惨家』をヤングチャンピオンで連載中。