—— TeddyLoidさんがDJを始めたきっかけは何ですか?
TeddyLoid(以下T): もともと小学校中学年ぐらいの時に『ハモネプ』がきっかけでボイスパーカッションを始めたんです。その後にインターネットで検索をしていたらRhazelなどのビートボックスの重鎮が出てきて、“世界にはこういう表現方法もあるんだということを知って、そこからヒップホップにハマっていきました。
その当時、音源を投稿できるサイトがあって、そこでHIKAKINくんにも出会いました。それでビートボックスをやっていた中学一年生ぐらいの時に、僕の両親がロカビリーファッションのビジネスをしていることもあって家に大量のロカビリーのレコードがあったので、それをレコードプレーヤーでかけてスクラッチしていたら「そんなことしたら壊れる」って親に怒られたんですよ(笑)。それからお小遣いを貯めて、自分でターンテーブルを買ったのが始まりでした。最初にスクラッチから入ったのは、ビートボックスをやり始めてからDJ Q-BertとかA-Trakとか海外のバトルDJを知って、日本だとDJ HANGERさんには良くしていただいていましたし、DJ 宮島さんにもお会いしたことがあるんですけど、そういったスクラッチするバトルDJの方々に憧れたのがDJを始めたきっかけです。自分のプレイの中でもスクラッチをよくするので、他のDJに驚かれることもありますね。中でも特にA-Trakは影響を受けたアーティストです。
—— ちなみに、ボイスパーカッションから始めてビートボックスをやられていたぐらいの頃に、楽器経験とかはありましたか?
T: 当初はクラシックだったんですが、2歳の頃からエレクトーンをやっていました。なので、スクラッチの演奏原理がすぐ分かりました。今ではこうしてスタジオに全身鏡がありますけど、始めた当時は、家にあった小さい鏡をターンテーブルの前に置いて、鏡に映る手を見ながらスクラッチの練習をしていました。中学から帰ってきたら、スクラッチして、ビートボックスして、っていう毎日でしたね。その頃にDJ HANGERさんが出されていた『DJ HANGER直伝! 炎のスクラッチ・テク50連発』という本も愛読していました。
—— DJとして初めて人前でプレイをしたのはいつ頃ですか?
T: 18歳でTeddyLoidを始めて、次の年にMIYAVIさんとワールドツアーに行かせていただいたんですが、実はそれがDJデビューでした。その当時、MIYAVIさんがフレンチ・エレクトロ・テイストなリミックスをできるプロデューサーや、DJをできる人を探していたんです。僕はその時まだ18〜19歳でDJとしての現場経験も無いのに、「1時間だけスタジオに来てくれ」って呼ばれて、初めてそこでちゃんとDJをして、MIYAVIさんとセッションしたら、「お前いいな。ワールドツアーにBACK DJとして同行してくれ」と言われて(笑)。それで一緒にワールドツアーをさせていただいたのが僕のDJとして初の経験でした。日本で小箱から始めたわけではなく、いきなり数千人を前にする世界中のステージを回らせていただいたので、その時のことは今でも糧になっているし、心から感謝しています。
—— かなり特殊なご経歴なんですね! しかも、いきなり他の楽器を演奏する方とセッションをするDJとしてのパフォーマンスが求められたわけですよね。
T: だからこそ練習してきたスクラッチの技術が役立ちましたね。バックDJとして参加していたんですが、ショーの中でMIYAVIさんが衣装を替える時間があって、そこでTeddyLoidとしてのソロパフォーマンスの時間を頂いたんですよ。15分間ぐらいで、僕がリミックスしたMIYAVIさんの楽曲をプレイしていったんですけど、それが初めてのミックスでした。
—— MIYAVIさんのワールドツアーから帰ってきてから、ソロのDJとしてTeddyLoidさんがプレイしたのはいつ頃だったのですか?
T: 2010年に☆Taku Takahashiさんと一緒にGAINAXの『パンティ&ストッキングwithガーターベルト』というアニメのサウンドトラックを作りました。そのアニメを主体としたイベント『No Pan Night!!』が秋葉原MOGRAで行われた際にブッキングしていただいて、それが初めてのTeddyLoidとして1人で60分セットのDJをやったイベントでした。それからDJをしていくうちに段々と☆Taku Takahashiさんにも認めていただけるようになって、代官山AIRや渋谷club asia、渋谷WOMBでやっていたTakuさんや中田ヤスタカさんだったり、様々なイベントに出演するようになりました。
—— 最近ではご自身の曲を中心にプレイをされていたり、DJとプロデューサーの面が完全にリンクしたTeddyLoidというアーティスト像を作り上げられていると思うのですが、特別に意識したことはありますか?
T: ひとつあるとしたら、Skrillexが “DJ” と呼ばれることを嫌がって「自分は “アーティスト” だ」と言っていたことがあって、僕は自分の事をDJアーティストと名乗っているんですけど、自分の曲をプレイしてセットを作るDJって日本だとそこまで多くないと思うんです。トップチャートの曲をかけたり、ジャンルに沿ってミックスをしたりするのが、いわゆるDJだと思うんですけど、EDMが出ててきてシーンができてから自分の曲を主にプレイするアーティストのようなDJが増えてきて、それをDJと呼ぶか呼ばないかの議論は別としても、事実としてはありますよね。僕はDJとして自分の曲をかけるのは自然なことでしたし、新しい曲を作ったら発表をする場所が欲しかったので、その手段がDJプレイであって、Pioneer DJの機材を使うことだった、ということですね。
—— 先ほどお話いただいたDJデビューの時からPioneer DJの機材を使われていたんですか?
T: そうですね。海外ツアーを回る経験が初めてだったので、できるだけ機材をミニマムにしたかったんです。Pioneer DJの製品は世界中どこにでもあるし、レンタルできない場所もないですし、仮に機材トラブルがあっても同じメーカーを使っていれば対処もできますよね。今となってはUSBが1本あればパフォーマンスができますし、世界中を回りやすいだろうと思っていました。システム全体が凄く合理的だなと思い、初めからPioneer DJの機材を選んでいました。
—— 初めて購入をしたPioneer DJの機材は何でしたか?
T: 中学生の時にヤフオクで購入したCDJ-200ですね。当時はCDしか入らなくて、スクラッチもできないモデルだったんですよ(笑)。でもCDでミックスができるというのを初めて体感した機材でした。スクラッチができるモデルは、中学生には手が届かないぐらい高かったんです。でも当時はもうエレクトーンのお仕事をしていたので、それ以降はお金を貯めてどんどんアップデートをしていきました。
—— そして今はこうしてご自身のスタジオに、一体型最新モデルのXDJ-RX3を導入されていますが、実際に使ってみていかがですか?
T: このスタジオは24時間完全防音なんですけど、部屋自体のスペースが限られているので、なるべくコンパクトに置きたいというのと、制作をする時にPCとの距離感的に、少し振り返ればすぐにジョグとフェーダーに手が届くのでCDJとDJミキサーのセットよりもXDJの方がワークフロー的にスムーズなんです。僕は楽曲に自分でスクラッチした音を入れているので、その作業をする時に無理なく手が届くのは凄く助かりますし、XDJ-RX3はジョグのサイズ的にもスクラッチがしやすいですね。僕がプロデュースしているNOILIONというユニットの楽曲でもDJ KILLITがスクラッチをしていますが、その録音にもXDJ-RX3を使いました。なので、録音にも耐えうる音質と解像度も備わっているモデルだと思います。
—— ハードの面で言うと、CDJやミキサーに相当する部分はNXS2シリーズを踏襲した仕様で、ディスプレイに関してはCDJ-3000の設計を引き継いだ仕様になっているというのが大きな特徴です。
T: やはりディスプレイが大きいのが最高ですね。縦が長くなったので楽曲の表示数が増えて選曲がしやすくなりましたし、BROWSE画面で左側に波形が表示されるのも気に入っています。あとSEARCHも凄くしやすくなりましたよね。XDJ-RX3を触っていると、現場で使うのがCDJ-2000NXS2でもCDJ-3000でも全く違和感がなくプレイができます。あと最近は、海外のポッドキャストとかに提供するDJミックスもAbletonでは作らずにXDJ-RX3で作っています。あえてちゃんと手を動かしてミックスをして、ちょっとミスをした部分があるぐらいの方がライブ感と味があって伝わりやすいかなと思うんですよね。
—— せっかくなので、CDJのジョグでスクラッチをするコツを教えていただけませんか?
T: 鏡は凄く重要だと思いますよ。スクラッチしたりクロスフェーダーを操作したりしている手元を自分で真上から見るよりも、鏡に映っている自分の手がどうなっているかを見る方が、指や手の動きを把握できるんですよ。海外のスクラッチDJとかで鏡を自分の目の前に置いて練習している人は多いですし、小さいサイズでも鏡を使うのは大事だと思います。
それこそNOILIONのDJのKILLITから「スクラッチを教えて欲しい」と言われて、このXDJ-RX3を使って教えたりもしているんですけど、スクラッチを教えるのって難しいんですよ。DJミックスにも言えることですけど、教わったり習ったとしてもそれをどういう風に自分で消化するかが結局は大事だと思います。
—— 色んな用途でXDJ-RX3をご使用されていますね。ちなみに、DJミックスをしている時に、プロデュース面でのインスピレーションやアイディアが浮かぶこともありますか?
T: ありますね。スタジオに来た時には10〜15分ぐらいXDJ-RX3でミックスして軽く遊ぶ時間を必ず作るようにしていて、そういう中からふと、次に作る楽曲のインスピレーションが湧いて、自分なりにサンプリングをしたりすることはあります。
—— 先ほど仰っていたNOILIONのプロデュースを始め、TeddyLoidさんが手掛けられている楽曲は本当に幅広いですよね。
T: そうですね。ここ最近のヒットですと、作曲と編曲をさせていただいたAdoの “踊” はストリーミングが1億再生を突破して記念の盾をいただきました。昨年は松平健さんの “マツケンサンバⅡ” のリミックスをさせて頂き、その年の紅白歌合戦でもBACK DJとして出演しました。今年は和田アキ子さんの名曲 “あの鐘を鳴らすのはあなた” をGiga & TeddyLoid名義でリミックスさせていただき、最近だとトップDJの一人であるSteve Aokiの楽曲をリミックスした “Movie Star ft. Mod Sun & Global Dan, (#kzn, TeddyLoid Remix)” がリリースされたばかりです。NOILIONは、そういった活動と並行しながら音楽プロデューサーとして新しく立ち上げをしたプロジェクトです。ヴォーカルのLIOと、DJのKILLIT、VJのREAKという3人で、今までにない新しい形のユニットです。ぜひ今後の3人の活動にも注目していただきたいですね。
(Text: Hiromi Matsubara)
TeddyLoid
18歳でMIYAVIのメインDJ〜サウンドプロデューサーとして13カ国を巡るワールドツアーに同行し、キャリアをスタート。m-flo、中田ヤスタカ、ゆず、香取慎吾、HIKAKIN & SEIKIN、柴咲コウ、DECO*27、Giga、Reol、Ado、じん、たなか、ももいろクローバーZ、KOHH、Crossfaith、米良美一、the GazettE、ちゃんみな、DAOKO、アイナ・ジ・エンド(BiSH)、Kizuna AI、初音ミク、にじさんじ、IA他、様々なコラボレーション、プロデュースが国内外で話題に。『Panty & Stocking with Garterbelt』、『ME!ME!ME!』等のアニメのサウンドトラック、ゲーム、CM音楽等も多数手がける。また2016年には海外のSpotifyで最も再生された日本のアーティスト5組 に選出され、2017~2018年には4カ国13都市に及ぶワールドツアーを敢行。同年11月にはコラボレーション大作『SILENT PLANET』の完結編、集大成として、2枚のアルバムを連続リリースした。2019年も全米最大のアニメフェス”ANIME EXPO”の前夜祭、”OTAQUEST KICK OFF”のヘッドライナーを務める。アメリカに限らず、アジア、ヨーロッパでのフェス出演を展開し、国内外から注目を集めている。2020年初頭には香取慎吾のアルバム『20200101』に「Prologue (feat. TeddyLoid & たなか)」にて参加、同アルバムはオリコン1位を獲得。
2021年にはバーチャルアーティスト Kizuna AIによる、Virtual US Tourのロサンゼルス公演にゲストDJとして出演。4月27日にGiga、DECO*27と共にプロデュースをした「Ado - 踊」 はiTunes Japanにてランキング1位を獲得、YouTubeにアップロードされたミュージックビデオは投稿後2時間で100万回再生を叩き出し、3週間後には2000万再生を突破、インターネットミュージックの歴史に残る作品となった。バーチャルライバープロジェクト「にじさんじ」3周年記念プロジェクト「PALETTE」にもプロデューサーとして参加し、日本語、英語、中国語、韓国語、インドネシア語、各言語圏で活躍するライバー6名迎えた同一楽曲「PALETTE 003 – Virtual Strike (World Edition)」全5ヶ国語バージョンを世界同時リリース。
TeddyLoidの活動は様々な音楽ジャンルと国境の架け橋となり、バーチャル世界へも進出、順風に帆を上げ続けている。