スポーツを音で盛り上げ、高揚感と臨場感を演出する」Who is Sports DJ? DJ KAnaME interview on【I AM DJ(アイアムディージェー)】
2019年、ラグビーワールドカップのスタジアムで流れたKing Gnuの『飛行艇』が日本の快進撃の‟アンセム”として大きな話題を呼んだ。観客や選手の感情に寄り添いながら、その場の雰囲気や試合の展開に合わせて音楽を提供するSports DJとは何者か? ラグビーワールドカップ、東京オリンピック・パラリンピックや侍ジャパン、Bリーグなど各種プロスポーツの会場でもDJを務める、日本のSports DJのパイオニアにして第一人者、DJ KAnaME(以下KAnaME)に聞いた。
「スポーツ会場のすべての音をプロデュースする」Sports DJという仕事
ーー近年、日本でもスポーツのショーアップが進んで“Sports DJ”の存在がクローズアップされるようになりました。Sports DJとはどんなことをするDJなのでしょう?
KAnaME 一番大切な役割は、会場を音楽で盛り上げ、高揚感をつくること。アメリカではかなり昔から当たり前にスタジアムやアリーナにSports DJがいて、選手もお客さんも、一緒に試合を盛り上げる存在として認識しています。日本では、音響、効果音(SE)を出す‟音効さん”が曲を流すことも多くて、僕もスポーツの現場では長らく‟音効さん”と呼ばれていました。
Sports DJ を僕なりに定義すると、お客さんが会場に一歩足を踏み入れた瞬間から試合が終わって帰るまで、すべての音を総合的にプロデュースする専門家ですかね。
ーースポーツと一口に言っても、KAnaMEさんがDJをされたものだけでもいろんな競技があると思いますが、Sports DJをする上で、その競技、スポーツに対する事前知識は必要でしょうか?
KAnaME これは僕の場合ですが、最低限のルール、どこで盛り上がるかみたいな勘所を押さえたら、競技自体にはあまりのめり込まないようにしています。
例えば野球だったらトラディショナルなロックが合うとか、バスケならヒップホップみたいなイメージにとらわれてしまうと、自分の中で「やらないこと」を勝手に決めてしまい、自由に音が出せなくなるんですね。
もちろんスポーツは好きなのでよく見ますが、選手の顔と名前とかはあえて覚えないようにしています。競技や選手にのめり込んでしまうと、逆に選択の幅を狭めてしまう、現場でその瞬間にダイレクトに感じたものを自由に表現できなくなるので、スポーツの知識、競技への思い入れにはフォーカスしないのが僕のSports DJとしてのスタイルです。
2019年のラグビーワールドカップ日本の快進撃の陰にDJあり?
ーー2019年に日本で開催されたラグビーワールドカップが日本でSports DJを知ってもらう一つの転機になったとか?
KAnaME ラグビーのワールドカップは、ワールドラグビーが主催する国際大会なので、日本で行われるとはいえ、やっぱりグローバルな視点で運営される大会なんです。現場を仕切るオーストラリアの制作会社から「各会場にDJは絶対必要」というリクエストがあって、それに応える形で僕の方で15人くらいのチームを組織して全国の開催地にSports DJを配置しました。
僕も開幕戦、準決勝、決勝を含む7試合のメインDJを担当させてもらったのですが、僕が日本戦で毎回かけていたKing Gnuの『飛行艇』が、その歌詞や曲調もあいまって「日本の快進撃を後押しする曲だ」と新聞に取り上げられたんです。
状況やタイミングで、曲がかかるとスタジアムが一斉に盛り上がる。日本代表が勝ち進むにつれて、観客もその曲がかかるのを期待する。あとから聞いたところによると、選手たちの間でもこの曲が話題になっていたそうです。
中継のテーマソングは以前からありましたが、会場でスポーツと楽曲が結びつき、その裏にSports DJがいることを日本で広く知ってもらったのは、これが初めてじゃないかと思います。
ーーご自身はどんなきっかけでSports DJへの道を志されたんですか?
KAnaME 高校を卒業して福岡のラジオの制作ADから始めて、そのころにいとこのお兄ちゃんがターンテーブルでDJをしているのに憧れて自分もDJをするようになったんです。
2001年に上京して、ラジオのディレクター、構成作家をやりながら縁があってサッカー・Jリーグの東京ヴェルディで音楽担当兼演出ディレクターをやらせてもらうことに。でもこの時はいわゆる‟音効さん”的な役回りで、キュー出しながら安価なCDJで曲をかけていただけで、自分としてもSports DJという認識はありませんでした。
ーーその後に単身アメリカに渡ってSports DJと出会うんですよね?
KAnaME 自分の将来に行き詰まりを感じて、なんか海外にでも行こう! と思い立って(笑)。本当に何のあてもなく、ウェイクボードをずっとやっていたというだけの理由でウォーターパラダイスと呼ばれるフロリダに、仕事を辞めて行きました。
フロリダでは車がないと話にならないし、お金はどんどんなくなっていくし思っていたようにはいかなくて、日本人が集まる日本食レストランのオーナーに助けられました。いろいろな人を紹介してもらう中で、ある人に「この日にここにおいで」と誘われたんです。
言われるがままにそこに行ったらアメリカ4大スポーツのうちの一つのリーグの試合日で、「DJを探してる」っていうんです。いきなりだし、僕も意味わかんないですよね。僕の経歴や日本での仕事の話を聞いていたみたいで、ちょっと回してみたら? って軽いノリで言われて。
ーーいきなり試合でですよね?
KAnaME やらせてくれるっていうんだからまぁいいかと思って軽い気持ちで。当時、ボーカルとトラックを合わせて一曲にするマッシュアップをよくやっていたので、それを披露したら思いのほか会場が沸いちゃって。
で、僕を誘ってくれたその人が、なんとその球団のオーナーで。会場も沸いたし、じゃあ契約しようかとなったんです。全然普通の人に見えたんですけどね(笑)。
会場の目立つところにターンテーブルとミキサーとサンプラーみたいなのがあって、会場の音をすべて出している。日本では見たことなかったけど、アメリカではSports DJといって、どこの球団、スタジアム、アリーナにもいるメジャーな職業だと聞いて、その時がSports DJをはっきりと認識した最初です。
クラブとの違いは「結構ある」4chコントーラーとPC2台、サンプラーが基本装備
ーーいわゆるDJと、Sports DJでは、シチュエーションの違いから機材の違いとか、必要とされる技術とかにも違いがあると思うのですが?
KAnaME 僕は基本的にはコントローラーを使っています。なぜコントローラーを使うかと言えば、Sports DJが根付いてきたとはいえ、単純に割り当てられるスペースが狭いんです。なので機材はコンパクトな方がいい。それに、僕らの仕事は下手をすると会場入りして15分くらいで「音を出して」と言われることもある。コントローラーなら、持って行ってPCにつなげば音は出せるので、基本的にはコントローラーを使っています。
ーーコントローラーの構成は?
KAnaME 僕と僕のチームでは4chをフル活用します。1chと2chは会場を盛り上げるためのDJプレイ用。メインのPCにつなぎます。3chはサンプラーをつないで得点時などに使うSEの音を出します。4chはもう1台事前準備したPCにつないでバックアップ回線として確保しています。
1、2chは、USBではなく必ずPCについないで音を出しています。僕の場合、会場が屋内なのか屋外なのか? 晴れているのか曇っているのか? その日に会場に行ってみて、天気や空気を感じながらどんな曲を流すか決めます。事前に準備したセットリストではなく、自分の引き出しの中から試合や選手の動きによって臨機応変にその瞬間に最適な音楽を選んでいくのが僕のSports DJのスタイル。任される範囲によってはUSBでということもありますが、基本はPCを使います。
ーー4chのバックアップ回線というのは?
KAnaME 特に国際試合になると、「絶対に間違えられない場面」があるんですね。代表的なのが試合前に流す国歌です。絶対間違えられない国歌や選手紹介などは混乱しないようにメインのPCとは別にもう1台のPCにデータを分けておきます。そのPCには「何かあったとき」のために流す1時間程度の緊急避難用のリミックスもセットしてあります。
実は以前に一度だけ、「国歌斉唱です」とアナウンスがあってキューが出ているのになぜかケツメイシの『サクラ』がセットされていて、すぐに出せなかったことがあったんです。キャリアの初期の黒歴史なんですけど、あの時のことを思い出すといまでも冷や汗が出ます。
そんなこともあり、機材を信用していないわけではないんですけど、システムからミスが起こりにくい仕組みを構築しています。
「シュパッ」で時が止まる臨場感のためにあえて無音をつくり出す
Copyright to Mathias Kuesters.
ーースケートボードやブレイキンなどアーバンスポーツといわれるストリートカルチャーと密接な種目がオリンピックに採用されたりして、音楽とスポーツの親和性にも注目が集まっています。こうした競技を見て、会場にいるDJの存在に気づく人も増えました。
KAnaME そうですよね。スポーツ会場にDJがいることが普通になったのは本当にうれしいことです。ただ、いわゆるアーバンスポーツのDJは、競技に直結する形で曲をかけたり、会場の雰囲気をめちゃくちゃ盛り上げるというタスクに特化していると思うのですが、Sports DJは、競技中だけでなく、お客さんが会場を出て帰るまですべての音を総合的にプロデュースする専門家であるべきだと思っているんです。
例えばバスケットボールの試合で、選手がスリーポイントシュートを打ちます。ボールが選手の手から離れた時点では、そのシュートが入るかどうかわかりません。でも「何か入りそうな気がする」という直感が働いたら、パッと音を絞ることがあるんです。
その瞬間、無音のコートに「シュパッ」というボールがネットを通過する音だけが響く・・・・・・。
これがSports DJとして一番快感を得られる瞬間かもしれません。DJは音を出す仕事ですけど、こういうシュートの音(※編注 リングに当たらずネット揺らして入る音を英語では「Swish」と表現し「完璧なシュート」というニュアンスを持つ)や、バッシュがフロアをキュッキュッと鳴らす音、ラグビーのタックルで選手同士がぶつかる迫力満点の音音……。その音を際立たせるためにあえて無音をつくるのもSports DJの仕事です。
ーー日本でもスポーツ会場に音楽が付きものになり、そこにDJがいることが認知され始めている現在、将来に向けて何をしたいとかありますか?
KAnaME これまではラグビーワールドカップならそれに向けて、オリンピックならそのためにチームを組んでという感じでやっていたのですが、本格的にSports DJのチームをつくって自分がこれまでやってきたスタジアムやアリーナで総合的に音をプロデュースするSports DJを増やしていく動きを始めています。
Sports DJは瞬発力も必要ですし、長時間屋外でプレイすることも珍しくないので、たぶん現役でいられる時間は短い気がしているんです。私もそろそろ現場を若手に任せて、全体をプロデュースする側に回りたいという思いもあって(笑)。
ビビりに適性あり? Sports DJは準備が9割
Copyright to Mathias Kuesters.
ーーSports DJに向いている性格、必要な技術や適性はあるんですか?
KAnaME ラグビーワールドカップの時は、DJというよりも、ラジオのディレクターやテレビの“音効さん”を中心に探しました。センス良くDJプレイができるとかつなぎの技術よりも確実に仕事として会場を任せられる人を優先しました。
ラジオやテレビの現場には優秀な人がたくさんいて、進行とかタイムキープをちゃんと気にできて、音楽ジャンルの偏りも少ないんですね。
性格でいえば、「ビビり屋さん」が向いてると思います。渡る前に石橋を叩きまくるような人ですね。
若いDJによく言うのは、選曲の決め打ちはしないし、セットリストもつくらないけど、Sports DJは「準備がすべて」。あらゆる場面を想定して、どんなときにどういう音を出すのか準備をしておく。慎重な人ほど向いていると思います。
ーー幅広い音源を準備する必要がありそうですが、普段はどんな方法で曲をチェックしているんですか?
サブスクもチェックしますし、毎週水・金に更新される新曲のプレイリストにも必ず目を通します。
ただ普通のDJと違うのは、歌詞に気を遣わなければいけない場合があることです。英語詞ならF-wordの取り扱いにも気をつけますし、全部自分で翻訳して何か問題はないかチェックします。私が担当した試合ではありませんが、出場国の曲が戦勝を祝う曲で、歌詞に敗戦国をディスる内容があって国際問題になる! と大騒ぎになったという例が実際にありました。国際大会では歌詞が歴史的、政治的背景でセンシティブに受け止められる場合があるので、そういう意味でも慎重になる必要があります。
本当の意味の“自分の音”で会場の喜怒哀楽を揺さぶるために
ーーありがとうございます。最後にKAnaMEさんにとってのSports DJ、広い意味でのDJとして何をアイデンティティとしてやってきたか、これからやっていくのかについて教えてください。
KAnaME DJって音だけで勝負できて、その場にいる人をハッピーにすることもできるし、悲しませることもできる。スポーツの現場にはいろいろな喜怒哀楽があって、音だけで会場のボルテージを上げたり、選手の闘争本能に火をつけることもできる。
スポーツの現場での主役はその競技であり、選手であり、プレイです。DJは脇役ですけど、会場の喜怒哀楽に寄り添って時にはその喜怒哀楽を揺さぶる働きができるんです。
未来に向けて新しいことをもう一つお話しすると、今はアーティストがつくった既存の音源を流すのが当たり前ですが、チームや選手に合わせて、キーとなる音源はできるだけ著作権にかかわならないオリジナル音源ですべてをプロデュースできないかということを始めています。
ーー実際にオリジナルのトラックや楽曲がスポーツの現場で使われ始めているそうですね。
すでに選手の紹介の音源や入場曲、インフォメーションのBGMを作曲して、トラックメイクしています。
「KAnaMEがいたらこういう音がかかるんだ」「KAnaMEがいないとなんかどこかで聞いたことある曲がかかっているな」となるのがSports DJとしての僕のアイデンティティとしてとても重要な気がしています。
僕がいま目指しているのは、僕の音で僕の曲で会場の音をすべてトータルコーディネートすること。誰かの曲を当てはめるんじゃなくて、クラブや選手にとって本当の“アンセム”を自分たちでつくっていくことに挑戦しています。
(Interview and text by Kazuki Otsuka)
【PROFILE】
DJ KAnaME
高校卒業後、地元・福岡でラジオ制作のキャリアをスタートさせる。2001年に拠点を東京に移しラジオディレクター、構成作家などを担当。同時期に東京ヴェルディの音楽担当兼演出ディレクターを担当。2007年、単身アメリカ・フロリダに渡りSports DJに出会う。帰国後は、R&B、HipHop、FUNK、ROCK、HOUSE、EDMなどジャンルを問わないDJスタイルで活動。主戦場をCLUBからプロスポーツ会場に移し、日本国内におけるSports DJの先駆けとして活躍。東京2020オリンピック競技大会ではソフトボール、陸上、パラリンピックの車いすバスケットボールなどを担当。2024-2025シーズンよりプロバスケットボールチーム千葉ジェッツのアリーナDJに就任。現在では自らも会場で使用するBGMなどの音楽制作も行う。
DJ KAnaME’s equipment List
DJ Setup:
- DDJ-FLX10 (DJ Controller)
- DDJ-1000 (DJ Controller)
- CDJ-3000 (Player)
- OMNIS-DUO(ALL IN ONE)
Speakers:
- WAVE-EIGHT (Speaker)
Headphones:
- HDJ-CX (Headphone)
- HDJ-X5 (Headphone)